「客先常駐 底辺」で検索したってことは、たぶん今それをやっている。
もしくは、内定をもらった会社が客先常駐で、不安になっている。
俺は未経験でIT業界に入って、4年間ずっと同じ客先に常駐していた。
少人数のIT企業に所属して、金融系の案件に出ていた。いわゆるSESだ。
先に結論から書く。
底辺だとは思わなかった。
待遇の差もほとんどなかった。
もっと言うと、居心地は良かった。
それでも4年で辞めた。
理由は「きつかったから」じゃない。
居心地が良いことが、だんだん怖くなったからだ。
先に:客先社員との差は、3つしかなかった
「客先常駐は冷遇される」という話をよく見る。
正直に書くと、俺のいた現場では、そこまでの差はなかった。
入館証は社員と同じものをもらえた。
貸与PCも同じ。会社主催の飲み会は社長が払ってくれた。
差があったのは、この3つだけだ。
①と②は、道具の差だ。
生成AIは無償版しか使えなかった。社員は有償版を使っている。
同じ仕事をしていて、使える道具だけが違う。これは地味に効く。
社内ポータルも見られない。
社内向けに何が告知されているのか、こっちには届かない。
でも、この2つは正直どうでもよかった。
問題は③だった。
システム化の仕様を、俺は決められない。
どれだけそのシステムに詳しくなっても、最後まで相談役のままだ。
①②は道具の差だけど、③は仕事の範囲そのものの差だ。
この違いが、あとから効いてくる。
客先常駐の1日は、こうだった
定時は9時から17時15分。
朝礼はない。日報は月末にまとめて出すだけだった。
残業もほとんどなかった。
物流時代は月〜土で働いて、休みの日も携帯が鳴っていたから、そこは本当に楽になった。
よく「客先常駐は孤独だ」と書かれているけど、俺の場合は違った。
同じ会社の人間が同じ現場にいたので、週に1回以上は必ず顔を合わせていた。
ただ、本社には4年間で一度も行っていない。
帰社日という制度もなかった。
自分が所属している会社のオフィスを、俺は知らないまま辞めた。
今思うと、これはこれで変な話だと思う。
正直に言うと、居心地は良かった
ここは書いておかないとフェアじゃないので、正直に書く。
働きやすかった。
- 困ったらすぐ相談できる人がいた。同じ会社の先輩も、客先の社員も近くにいる
- 責任を負う立場ではなかった。最終的に決めるのは客先の社員
- 残業がほとんどない。定時で上がれる
前職は月曜から土曜まで働いて、休みの日も携帯が鳴っていた。
それと比べたら、天国みたいなものだ。
だから「客先常駐はつらい」と書かれているのを見ると、
正直、俺の4年間とは違うなと思う。
でも「このままでいいのか」と思うようになった
楽なのに、辞めた。
理由はこれだ。
どれだけそのシステムに詳しくなっても、俺はあくまで相談役だった。
SESという契約は、成果物ではなく労働時間を提供する形になっている。
システムの持ち主は客先で、こっちは呼ばれて手を動かしている側だ。
だから決定権は客先にある。
仕様をどうするかを最終的に決めるのは、俺じゃない。
4年もいれば、そのシステムのことは相当詳しくなる。
でもその詳しさは、そのシステムの中でしか意味がない。
ここで、ある疑問が出てくる。
「この経験、他で通用するのか?」
客先常駐そのものに将来性がない、とは思わない。
同じ現場に長くいて、客先から本当に頼りにされている先輩もいた。
ただ、自分の将来性がどこにあるのかは、見えなくなった。
このシステムの中でだけ強い人間になっていく感覚があって、そこが不安だった。
マネジメントもやった。
でも、見積もりや費用まわりは一切やっていない。
PM補佐と言えば聞こえはいい。
ただ、金の話に一度も触れていないマネジメント経験を、外で「マネジメントできます」と言っていいのか。
自信が持てなかった。
責任を負わない、というのは楽だ。
でも4年も負わずにいると、負えるようになる機会も来ないまま時間が過ぎる。
居心地の良さは、そのままだと不安に変わる。
これが、俺が辞めた理由だ。
じゃあ、4年で何も身につかなかったのか
そんなことはない。
ここは正直に書いておきたい。
1年目はテスト担当だった。
UATとSTのテストケースを作って、ひたすら検証する。
2年目にテストリーダーになって、後輩の育成とレビューをやるようになった。
3年目には要件定義を主担当で持って、IF仕様書を書いた。
4年目は開発のPM補佐で、移行作業やクライテリアの作成をやった。
コードは一行も書いていない。
それでも、テストから要件定義、そしてマネジメント寄りへと段階的に上がっていった。
この4年分の積み上げが、結果的に2回目の転職で武器になった。
「未経験で入って、テストから要件定義まで一つずつ積んできた」という軌跡そのものが評価された。
だから「客先常駐だとスキルが身につかない」は、俺の実感とは違う。
ただ、正確に書いておくと、この順番は俺が選んだものじゃない。
案件も、どの工程をやるかも、最初から決まっていた。
テストから入って、要件定義をやって、マネジメント寄りへ。
ちゃんと段階を踏ませてもらったと思う。恵まれていた方だ。
それでも最後まで変わらなかったことが1つある。
仕様を決めるのは、いつも客先だった。
そして、生活水準は明らかに下がった
1年目の年収は313万。
手取りは20万で、家賃が7万だった。
この20万は固定だ。
固定残業が40時間ぶん含まれているので、どれだけ働いても増えない。
ボーナスもなかった。
物流時代は社宅に住んでいて、自己負担は月5,000円だった。
家賃補助って偉大だな、と本気で思った。
まず車を手放した。
地方にいたころは必要だったけど、都内で持ち続けるには駐車場代と維持費が重すぎた。
そのまま持つことも考えたけど、計算したら無理だった。
外食もほとんどしなくなった。
服も靴も買わなくなった。
物は減っていく一方で、増えることはなかった。
貯金もほとんどできていない。
未経験で入るというのは、そういうことだ。
年収が下がることは分かっていたけど、分かっているのと、実際に生活が縮んでいくのは別だった。
この年収ダウンをどう受け止めたかは給料が下がっても転職してよかったと思える理由に書いた。
決定打は、平均年収を調べた日だった
4年やって、年収は313万から350万になった。
4年で37万だ。
上がってはいる。
でも、生活が楽になった実感は一度もなかった。
あるとき、自分の年齢の平均年収を調べた。
自分は、それより下だった。
大学まで出て、都内で働いていて、平均以下。
このとき初めて、ここにいる意味が分からなくなった。
もう一つ、こたえたことがある。
地元の同級生を見ると、みんな結婚して、子どももいて、家族が増えていた。
正直に書くと、劣等感を覚えた。
比べても仕方ないのは分かっている。
それでも比べてしまった。
「このままじゃ、やばい」
自分のプライドを保つためにも、転職か給与交渉が急務だと、そこで思った。
4年やって分かった、向いている人と向いていない人
同じ現場でも、平気そうな人と、俺みたいに削られる人がいた。
違いをあとから言語化すると、こうなる。
向いている人
- 決められた範囲を、確実にやるのが苦じゃない人。これが一番大きい
- 残業を避けたい人。俺の現場は定時で終わっていた。前職より圧倒的に楽だった
- 未経験からIT業界に入る足がかりが欲しい人。実務経験は確実に積める
- 会社への帰属感を求めない人。本社に行かなくても平気なタイプ
向いていない人
- 自分で判断して進めたい人。俺はこれだった。確認を挟むたびに削られる
- 年収を早く上げたい人。単価の構造上、ここは動きにくい
- 働く環境を自分で選びたい人。案件も工程も、選択権は自分にない
- チームに腰を据えたい人。案件が変われば人間関係もリセットされる
念のため書いておくと、これは能力の話ではない。
合う働き方かどうか、というだけの話だ。
最初にやったのは、転職活動じゃなかった
動く前にやったのは、自分がいくらに見えるのかを調べることだった。
平均年収と比べて下だと分かったのは、この段階だ。
数字が出るまでは「なんとなく安い気がする」で止まっていて、動けなかった。
見たあとは、少なくとも頭の中でぐるぐるするのはやめられた。
残るなら450万、出るなら500万。線を2本引いた
感情で辞めたくなかったので、先に基準を決めた。
- 今の会社に残るなら、450万円。それならここでもいい
- 外に出るなら、500万円以上。下回るなら動く意味がない
そして年度末、2月末の面談で給与交渉をした。
会社の答えは、筋が通っていた
言われたことを、そのまま書く。
- 客先が支払う額は変わらない
- 今のままで回っているのに、価格を上げてくれとは言えない
- 新しい案件を取って人数を増やさないと、給与アップは難しい
- 大幅に上げたいなら、今の案件を出るしかない
反論できなかった。
文句を言いたいわけじゃなくて、本当にその通りだからだ。
俺が4年かけてそのシステムに詳しくなっても、客先が払う金額は1円も変わらない。
詳しくなることが、値段に反映される仕組みになっていない。
ここでようやく、自分の給料が上がらない理由が腹落ちした。
努力が足りないんじゃなくて、構造がそうなっている。
そして、新しい案件を紹介された
会社も動いてくれた。
「今の案件を出れば上がる」という話だったので、別の案件を持ってきてくれた。
条件を聞いて、手が止まった。
フル出社。
それまでは現場に週2回行けばよくて、あとはリモートだった。それが毎日出社になる。
しかも最初の打診は、月1万円アップだった。
年に12万。
リモートを全部差し出して、12万。
さすがに断って、年100万アップを希望だと伝えた。
返ってきた答えは年50万まで。
350万+50万で、400万。
上がりはした。
ちゃんと交渉に応じてくれたし、会社が悪いとも思っていない。
でも、450万には届かなかった。
そして何より引っかかったのは、その400万がリモートと引き換えだったことだ。
俺が物流を辞めた一番の理由は、リモートワークがしたかったからだ。
休みの日も携帯が鳴る生活から抜け出したくて、年収を87万下げてまでIT業界に来た。
そのリモートを返せば50万あげる、と言われている。
その瞬間に決まった。
面談より前から転職活動自体は少しずつ進めていたけど、ここから本格的に動き出した。
最終的に出たオファーは600万。
自分で引いた500万の線を、100万上回った。
どうやってそこまで持っていったかは物流からの転職方法|物流→SE→ITコンサルで年収600万円に全部書いてある。
それでも「底辺」と言われる理由は、分かる
待遇の差はほとんどなかった、と書いた。
それでも「客先常駐は底辺」と言われ続けるのはなぜか。
4年やった立場から言うと、理由は扱いではなく構造にあると思う。
- 案件も工程も、自分では選べない。どこに行くかは会社が決める
- 自分がいくらで売られているか分からない。単価は本人には見えない
- 所属している会社に、実感がない。俺は本社に一度も行っていない
- 名刺は自社、席は客先。どっちの人間なのかが、ずっと曖昧なまま
この4つは、待遇をどれだけ良くしても消えない。
働き方の形そのものに、最初から入っているものだからだ。
「底辺」という言葉が指しているのは、たぶん給料や設備の話じゃない。
自分の位置が自分で決められないことの方だと思う。
だとすれば、この言葉が使われ続けるのは分かる。
ただ、それを「底辺」と呼ぶかどうかは、また別の話だ。
転職活動をして、いちばん大きかった収穫
最初に探していたのは、社内SEだった。
理由は単純で、今より給料が良くて、楽そうだったから。
事業会社の中に入れば、常駐もないし、腰を据えて働けると思っていた。
でも、面接を受けていくうちに気づいた。
社内SEの面接官が、そんなに楽しそうじゃなかった。
人柄にも、あまり魅力を感じなかった。
一方で、SIerや自社開発、PMOの会社を受けると、まったく違った。
みんな楽しそうだった。
仕事にやりがいを感じながらやっている感じがして、「この人たちと働いてみたい」と素直に思えた。
これは大きな収穫だった。
求人票をいくら見ても分からないことだったからだ。
そこで、自分の優先順位が入れ替わった。
安定 < やりがい。
安定を選ぶのは、まだ早い。
もっと後でもいいんじゃないか、と思った。
しかも調べてみると、給与の上がり幅もSIerの方が良かった。
エージェントに言われた一言も効いた。
「社内SEに行くと、そこから先の選択肢は少ない。でもSIerからなら、あとで社内SEにも行けます」
順番の問題だった。
先に安定を取ると、戻れなくなる。
もう1つ、自分の中で整理がついたことがある。
4年間やっていたのは、正確に書くとこういう仕事だ。
基本設計書と開発環境を見て、どういうシステム仕様になっているかを確認する。
そのうえで「本当にこれで合っているのか」を開発ベンダーに聞く。
つまり、ずっと確認する側だった。
コーディングをする環境も、プログラムを見られる環境すら無かった。
作る立場に、4年間で一度も立っていない。
ここが一切ないままだと、SEとしての価値は上がらないと思った。
見積もりを出すにしても、工数が妥当かを判断するにしても、
作ったことがない人間の数字は、根拠が持てない。
だから次は、開発の現場にも入れる環境を選んだ。
遠回りに見えるけど、ここを飛ばすと先で詰まると思った。
で、客先常駐は底辺なのか
4年やった俺の結論はこうだ。
底辺じゃない。
入館証もPCも同じだったし、飲み会は社長が払ってくれた。
残業もなかったし、同じ会社の人間もいたから孤独でもなかった。
むしろ居心地は良かった。
相談できる人はいたし、責任も負わなくてよかった。
でも、ずっといる場所ではなかった。
理由は2つだけだ。
- どれだけ詳しくなっても、仕様を決めるのは客先。この経験が外で通用するのか、確信が持てない
- 年収が上がらない。4年で37万。平均以下のまま
「客先常駐はやめとけ」とよく言われる。
扱いがひどいからやめとけ、という意味なら、俺の4年間はそれに当てはまらない。
でも「将来性を考えるとやめとけ」という意味なら、その通りだと思う。
「底辺かどうか」で悩んでいる人は、たぶん問いを間違えている。
扱いが底辺かどうかより、そこで積んだものが外で値段になるかどうかの方が効いてくる。
動くなら、今日やることは1つでいい
客先常駐をやりながら転職活動をするのは、実はそんなに難しくない。
残業が少ないぶん、時間は作れる。
難しいのは、動き出すきっかけの方だ。
俺の場合は、エージェントに「マネジメント経験を武器にすれば年収は上がる」と言われたのが大きかった。
コードが書けないことをずっと引け目に感じていたので、そこは武器にならないと思い込んでいた。
自分では分からないことだった。
まとめ
客先常駐SEを4年やった結論を、もう一度並べておく。
- 底辺ではない。入館証・貸与PC・飲み会は客先社員と同じだった
- 違ったのは生成AIが無償版のみ/客先の社内ポータルが見られない/仕様を決められないの3つだけ
- むしろ居心地は良かった。相談相手はいるし、責任も負わない。残業もない
- だからこそ怖くなった。どれだけ詳しくなっても、仕様を決めるのは客先のまま
- 生活は確実に下がる。手取り20万・家賃7万で、車も外食も服も諦めた
- 年収は4年で37万しか上がらなかった。平均以下のままだった
居心地が悪いから辞めたんじゃない。
居心地が良いまま、何年も過ぎていくのが怖かった。
もし今それを感じているなら、まず数字を見るところからでいい。
俺はそこから動き出した。
未経験からIT業界に入るところの話は未経験からIT転職するロードマップ、
その前の物流時代の話は物流業界はやめとけ?「負け組」なのかに書いてある。