「全国転勤はやめとけ」
そう調べているということは、まだ決めていないんだと思う。
内定が出た会社の募集要項に「全国転勤あり」と書いてあった。あるいは、いまの会社で転勤の話が出てきた。
俺は全国転勤ありの会社に入って、地元を離れて、3年で辞めた。
先に、いちばん言いたいことを書く。
全国転勤で削られたのは、金でも休みでもなかった。
話す相手だ。
転勤の何がきついのか、たぶんまだ具体的に想像がついていないと思う。
俺もそうだった。給料が下がるわけじゃない。仕事の中身が変わるわけでもない。住む場所が変わるだけだ。
そう思っていた。
これだけ書くと大げさに聞こえると思うので、順番に書く。
先に断っておくと、この記事は「転勤させる会社はひどい」という話ではない。
金の面で言えば、会社は何ひとつ渋らなかった。引っ越し代も、移動費も、住むところも出してくれた。
それでも3年で消えたのは、何気ない話をする相手だった。
先に、この記事で言えることの範囲を出しておく
「全国転勤」で検索する人の勤め先は、メーカーかもしれないし、銀行かもしれないし、小売かもしれない。
俺が書けるのは、そのうちの1つだけだ。
- 物流会社の営業所にいた
- 職種は配車(運行管理)
- 地元を離れて転勤したのは1回だけ
- 3年で辞めたので、2回目の異動は経験していない
つまり1社・1回・3年分の話だ。
転勤を何度も繰り返した人が何を思うのかは、俺には書けない。ここは正直に置いておく。
逆に言うと、ここに当てはまることだけを書く。
全国転勤ありだと知って入った。むしろ、それが理由だった
就活のとき、全国転勤ありなのは知っていた。
物流は全国に拠点がある。どこに行かされるかは、入社した時点でも分からなかった。
それでも受けたのは、実は逆の理由だった。
正直に書くと、俺の就活はほとんど何もしていない。
4年になって焦って、1日だけのインターンを数社受けたくらいだ。学歴的に大手は最初から応募すらしていない。
その中で一つだけ、自分の中に条件めいたものがあった。
地元で働くのは嫌だ、ということだ。
ただ、親の方は地元に戻ってきてほしそうだった。
この2つは、そのままだと両立しない。
そこに「全国転勤あり」という条件がはまった。
全国転勤ありなら、いつか地元に戻れる可能性もある。
いまは外に出られて、そのうち戻れるかもしれない。両方立つ。
我ながら都合のいい理屈だと思う。でも当時は、これで納得していた。
そう考えて選んだ。当時の俺の会社選びは、だいたいこの程度の解像度だった。
会社選びそのものをどう間違えたかはなぜ新卒入社で後悔するのかに書いた。この記事は、そのうち勤務地の話だけを取り出したものだ。
配属先を告げられたのは、入社してからだ。研修期間中に、人事の人から聞いた。
地名を聞いて、最初に頭に浮かんだのはこれだ。
「どこにあるんだっけ?」
その場でグーグルマップを開いて検索した。
これから3年住む場所を、名前を聞いてから地図で探している。当時の俺は、その程度だった。
新入社員なので、行き先の希望は聞かれていない。断る余地もなかった。
説明されたのは「最初の配属は大体2〜3年で」ということだけ。それ以降どう回るのかは、特に聞かされていない。
そしてGW明け、地元を離れた。
念のため書いておくと、着いたばかりのころは悪くなかった。
新しい生活に不安もあったし、新しい土地にワクワクもした。
この時点では、まだ両方あった。
最初は倉庫の作業に入って、その後に配車へ移った。仕事の中身は物流倉庫の仕事はきついと運行管理の仕事はきついに書いてある。
先に言っておく。会社は金を渋らなかった
こういう記事は、会社の悪口から始めると気持ちがいい。でも俺の場合はそこじゃない。
引っ越し費用は会社が出した。移動費も全部だ。
住むところも会社が決めていた。独身の一人暮らしは、会社指定の単身者向けアパートと決まっていた。
家具も家電も付いていたので、持っていくものは車に積める程度で済んだ。
家賃の自己負担は月5,000円。水道光熱費だけ実費だった。
これは正直、ありがたかった。いま都内で家賃を払っている身からすると、なおさらそう思う。
部屋そのものも、普通だった。
ただ防音はない。生活音はまる聞こえだった。
備え付けのWi-Fiもあったが電波がひどかったので、自分で別に契約し直した。
文句を言うほどのことじゃない。条件だけ並べれば、悪くない話だ。
ただ、いま書いていて一つ気づいたことがある。
家具家電付きというのは、裏を返すと自分で選ばなくていいということでもある。
住む土地も、住む部屋も、部屋の中に置くものも、この時点で俺は何ひとつ選んでいない。
当時はそれを不自由だとは思わなかった。むしろ、楽でいいと思っていた。
それでも、家賃5,000円の裏で毎月赤字だった
ここは求人票にも、説明にも出てこなかった部分だ。
車は必須だった。地元で買った車を、そのまま運転して持っていった。
職場が倉庫なので、最寄り駅から歩いて1時間かかる。田舎なので電車の本数も限られている。
車がないと、そもそも生活が成立しない。維持費は当然、自腹だ。
そして交通費。支給されていたのは月5,000円ほどだった。
実際にかかっていたのは月7,000円くらい。差額の2,000円は、毎月の持ち出しになる。
なぜ足りないのか。通った回数で計算されていなかったからだ。
しかも実際に走る道のりではなく、地図上の直線距離で算定されていた。
地図の上でまっすぐ引いた線の長さで決まる、ということだ。実際にどう走るかは関係ない。
田舎で車通勤なら、そこはそれなりに差が出る。
これは今でも覚えている。よく分からない制度だと思った。
当時は週6日通っていたので、ずっと赤字のままだった。
金額としては小さい。月2,000円だ。生活が壊れるような額じゃない。
ただ、家賃5,000円という数字だけ見て「転勤は得だ」と思っていると、こういうものが後から乗ってくる。
求人票に「家賃補助あり」「引っ越し費用は会社負担」と書いてあると、転勤は得な話に見えてくる。
実際、条件だけ切り出せば得だ。俺もそう思っていた。
ただ、その土地で暮らすのにいくらかかるかは、求人票には書いていない。
車が要るのか。駅から歩けるのか。それは行ってみるまで分からない。
補助が手厚いかどうかより、そっちを見た方がいい。
吸わないのに、喫煙室に行っていた
ここからが本題だ。
配属された営業所は、規模が小さかった。同年代が一人もいなかった。
後輩は来た。でも雑談する仲にはならなかった。
最初のうちは、職場に話し相手がいなかった。仕事の話はする。指示も出す。それだけだ。
相談する相手がいなかったわけじゃない。上司もいたし、1年目は毎週OJTの担当と冊子でやり取りしていた。書けば返事は返ってくる。
でもそれは全部、業務の話だ。
雑談がなかった。
雑談なんて、必要なものだと思ったことがなかった。
無くなって初めて、あれが1日の大部分だったと分かった。
状況が変わったのは2年目の終わりごろだった。
ドライバーや倉庫担当の人たちと、やっと仲良くなった。
話す場所は喫煙室だった。
俺はタバコを吸わない。
それでも行っていた。
喫煙室は、職場で唯一みんなが手を止める場所だった。
仕事中に立ち話をしていると格好がつかないが、あそこなら誰も何も言わない。
吸わない人間が毎日そこにいるのは、傍から見たらそこそこ変だったと思う(笑)。
でも、他に話す場所がなかった。
先に言っておくと、あの時間は普通に楽しかった。
気を使って付き合っていたわけじゃない。
今日の配送先でこんなことがあった、とか。家族の話とか。
普通に笑えた。
配送のことも倉庫のことも、教えてもらったのはほとんどこの人たちからだ。あの時間がなかったら、3年ももたなかったと思う。
ただ、いま思い返すと一つ引っかかることがある。
俺はずっと、話す側じゃなくて聴く側だった。
「話し相手ができた」と書いたけど、正確じゃない。
人の話を聞いて笑っていただけで、自分の話は、たぶんほとんどしていない。
そして、その人たちは全員60代から70代だった。
年上と話すのが嫌だったわけじゃない。それはさっき書いたとおりだ。
でも、同年代とする「何でもない話」とは違う。
昨日のサッカー見た、とか。あのドラマどうなった、とか。
どうでもいい話を、どうでもいいまま終わらせられる相手。
そういうものが、3年間なかった。
「転勤がきつい」と言われたとき、たいていは仕事の中身か、給料か、休みの話になる。
俺の場合、いちばん削られたのはここだった。
週に1日の休みに、話す相手がいない
当時の休みは週に1日だった。年間休日は105日で、土曜はほとんど出社していた。
その話は年間休日105日はやめとけ?に書いたので、ここでは繰り返さない。
ここで書きたいのは、その1日をどう過ごしていたかだ。
基本、ずっと寝ていた。
疲れていたのもある。ただ、それだけでもない。
起きても、やることがなかった。
出かけることはほとんどなかった。行く場所も、誘う相手もいない。
知らない土地なので、行きつけの店もない。一人で出かけて一人で帰ってくるだけなら、寝ていた方がましだと思っていた。
起きてテレビを見て、それに一人で突っ込んでいた。
声に出して、だ。
要するに、一人でしゃべっている。
その日、他に声を出す機会がなかったからだと思う。
当時は特に何とも思っていなかった。いまこうして書いていると、そこそこ来るものがある(笑)。
休みの日に、誰とも話さない。
これが一番きつかった。週に1日しかないから、余計だ。
仕事がきついとか、体がしんどいとか、そういう話なら人に説明できる。
でも「休みの日に話す相手がいない」は、言葉にすると情けなく聞こえる。
だから当時、誰にも言わなかった。
あらためて言葉にすると、こういうことだ。
気軽に会える人がいなければ、会社と家を往復するだけの日々になる。
普通にしんどい。
転勤の話をするとき、たいてい「知らない土地で頑張った」みたいな方向に寄っていく。
実際はもっと単純だ。行く場所も、会う人もない。それだけのことがずっと続く。
地元の友達は、こうやって減っていった
本社が地元にあったので、2〜3ヶ月に1回は帰る機会があった。
最初は帰るたびに友達と会っていた。お盆、GW、年末年始。
最初のうちは、帰るのが楽しみだった。数ヶ月ぶりでも、会えば元どおりに話せる。
それがだんだん減った。
3回あったのが、年末だけになった。
そしていまは、全く連絡を取っていない。
これは友達のせいじゃない。俺が連絡しなくなったからだ。
めんどくさくなった、というのが正直なところだ。
ただ、めんどくさくなった理由はある。
休みがほぼないので、帰っても長くいられない。お茶を1時間するくらいしかできなかった。
すぐ戻って、次の日は仕事だ。
そうしているうちに、頭に浮かぶ言葉が変わってきた。
「誰かとわざわざ会うの、めんどくさいなあ」
「ゆっくりしたい」
移動だけですごく疲れる。金も使う。休みは1日しかない。
「もういっかな、どーでも」
そう思い始めた。
自分で書いていて薄情だなと思うが、当時の感覚としてはこれが一番近い。
寂しくて連絡できなくなったんじゃない。面倒くさくなっただけだ。
転勤で友達を失う、と書くとドラマみたいに聞こえる。
実際はもっと地味だ。連絡の頻度が、少しずつ下がっていくだけ。
切れた瞬間なんて、どこにもない。気づいたときにはゼロになっている。
「いつか地元に戻れる」はどうなったか
俺がこの会社を選んだ理由を思い出してほしい。
「全国転勤ありなら、いつか地元に戻れる可能性もある」だ。
実際どうだったか。
戻れた人はいた。ただし、ごく少数だ。
共通していたのは、自分から「戻りたい」と言った人だということ。
そして、その人たちは出世していなかった。
逆に、地元を出て回っている人は、体感でかなり早く昇進していた。
人事の仕組みを見せてもらったわけじゃないので、そこに因果があるとまでは言えない。俺が3年で見た範囲の話だ。
ただ、こういう構図にはなる。
戻りたいと言えば、戻れる可能性はある。その代わりが付いてくる。
これは会社が悪いという話ではないと思う。
転勤して回ってくれる人を高く評価するのは、会社の側から見れば当たり前だ。
ただ、受ける側は、そのルールを入る前には知らない。
「転勤ありだけど、いつかは地元に帰れるかも」と思って受けるなら、そこは知っておいた方がいい。
ちなみに俺自身は、すぐ地元に戻りたかったわけじゃない。正直、どっちでもよかった。
戻りたかったのは地元じゃない。
「知らない田舎で一人は嫌だなあ」
思っていたのは、そういうことだった。
同年代の仕事仲間でもいいから、何気ない話ができる人がほしかった。
それだけだった。
転勤が理由で辞めたわけじゃない。でも決め手にはなった
ここは正直に書く。
「転勤がきつくて辞めました」ではない。
転職しようと思った直接の理由は、リモートワークができる仕事がしたかったからだ。
3年目の夏の終わりに、転職活動を始めた。
10月ごろにインフラ系の会社から内定が出たが、ブラックな気がして辞退した。
このときはまだ、そこまで本気じゃなかったんだと思う。
本気になったのは年が明けてからだ。年末年始に地元へ帰ったときのことは年間休日105日はやめとけ?の方に書いた。
そこで気づいたことがあって、年始からもう一度動き始めた。
1回目と同じ転職エージェントの、同じ担当者に連絡を入れた。
(念のため書いておくと、これは物流時代の中での2回目の活動という意味だ)
そこから約2ヶ月で内定が出た。
一度エージェントに登録しておいたのが、結果的に効いた。夏に登録したときは、まだ辞める気は固まっていなかった。
振り返ると、転勤そのものは辞めた理由の中に入っていない。
でも、あの3年がなければ、あそこまで動かなかったとも思う。
ちなみに、そのとき使ったサービスの話は物流からの転職でおすすめのエージェントにまとめてある。
これから全国転勤ありの会社を選ぶ人へ
最後に、いま選ぼうとしている人に言いたいことを書く。
新しい土地が楽しいのは、最初だけだ
知らない土地に行けるのは、確かに楽しい。俺も最初はそう思った。
良かったことを1つ挙げろと言われたら、「知らない土地に行った経験にはなった」。これは本当だ。
ただ、無理に増やすつもりはないので正直に書くと、俺が挙げられるメリットはそれだけだった。
そして楽しかったのは、最初だけだった。
半年もすれば、そこはただの暮らす場所になる。観光地でもなんでもない。
新しい土地に行ける、というのを転勤を受ける理由にするなら、その先が長いことは考えておいた方がいい。
友達とは、想像以上に疎遠になる
これは覚悟しておいた方がいい。
本当に孤独を感じるし、友達とは余計に疎遠になる。
しかも、じわじわ減るので途中で気づきにくい。
「今度いつ帰る?」と聞かれなくなったときには、もう手遅れになっている。
これは距離のせいというより、休みが少ないことと組み合わさったときに効いてくる。
遠くても、まとまった休みがあれば会える。休みが週1だと、遠さがそのまま効く。
見るべきは「その土地に、自分と同じような人がいるか」
いまの会社に転勤はない。
何が変わったかというと、今後のライフプランが立てやすくなった。気持ちの面でも、だいぶ楽だ。
住む場所についても、いまは自分で選べている。
これは人によると思うけれど、俺は都会にいる方が合っていると思っている。
田舎にいたとき、街で見かけるのは子供連れかカップルばかりだった。都内より、一人でいる人をあまり見なかった。
住む場所というのは、家賃と通勤時間の話だと思っていた。
違った。
その街に、自分と同じような立場の人がいるかどうかの話だった。
だから、転勤ありの会社を受けるなら、面接で聞いておいた方がいいことがある。
給料や家賃補助の話は、たいてい向こうから説明してくれる。
聞かないと出てこないのは、こっちだ。
とくに「その営業所に同年代は何人いるか」は、俺が聞いておけばよかったと思っていることだ。
当時の俺は、そんなものが働きやすさに関係するとは思っていなかった。
最後に、辞めるときに見た光景を書いておく
俺が辞めるとき、1つ下の後輩が次の転勤を告げられていた。
転勤先から、さらに別の地方へ行くという話だった。
正直、自分がそう言われたら無理だったかもしれない。
聞いていた「最初の配属は2〜3年」というのは、こういうことだったんだと思う。
俺は3年で出たので、2回目を知らない。だから、その先がどうなるかは書けない。
そのうえで、結論を書く。
「全国転勤はやめとけ」と一律に言うつもりはない。
金の面では、会社はちゃんとやってくれた。土地が合う人もいると思う。
ただ、これだけは知ってから決めてほしい。
新しい土地に行けて楽しそう、と思うかもしれない。最初だけだ。
削られるのは給料でも休みでもなく、何気ない話をする相手の方だった。
物流という業界そのものをどう思っているかは物流業界はやめとけ?「負け組」なのかに書いた。