配車から逃げた話|市場価値ゼロだと思い込んでいた3年間

  • 2026-05-05
  • 2026-09-14
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デスクに着いた瞬間から仕事は始まる。

配送依頼書の山。「折り返し電話してください」のメモが何枚も貼ってある。

「今日もこれか」と思いながら、同時にこうも思う。「誰も問題を起こしてなさそうでよかった」。

事務所の人たちは談笑していて、電話が鳴っても誰も出ない。昼の電話番も俺だった。ドライバーとの連絡、荷主との連絡、倉庫との調整。全部そうだ。

配車を3年やって、俺はそこから逃げた。

当時は本当に「逃げた」と思っていた。他にやりたいことがあったわけじゃない。ただ続けられなかっただけだ。

しかも当時の俺は、自分には何の価値もないと思い込んでいた

その思い込みが何だったのか、いま書けるようになったので書いておく。

「配車は花形だよ」と言われて、その気になった

会社を選んでいる段階から、そう聞かされていた。

物流会社の中で配車は花形なんだ、と。それで単純に盛り上がった。他にやりたいことがあったわけでもないし、そう言われれば悪くないと思った。

入ってみると、拠点で配車を回せるのは実質ひとりだった。

上司もできることはできる。ただ営業で手が塞がっていて、「やれる」というだけだった。実務は俺に乗る。

ドライバーの手配。車両の手配。運行計画の作成。トラックが事故を起こせばその対応。ドライバーが急病で休めば、その日の配車を組み直す。

休憩時間は一応あった。ただ電話が鳴れば出る。合間に口へ入れて終わりだ。外に買いに行くという発想がそもそもなかった。

休みの日も私用の携帯が鳴る。「いま荷物を積みに来たんだけど、どこにあるか分からない。すぐ来てくれ」。嫌々ながら会社へ確認しに行く。

ワクチンを打って39℃出たときも、出社した。いまでも覚えている。

この働き方そのものの解剖は運行管理の仕事がきつい5つの理由に全部書いた。ここではそれが3年続いた、という事実だけ置いておく。

俺にとって「価値」とは、人脈のことだった

この仕事を続けて、自分に何が積み上がるのか。よく考えていた。

そして出した答えが、人脈だった。

配車という仕事は、パズルのように組み合わせるひらめきも要る。ただ本当に効くのはそこじゃない。

  • 困ったときに頼れる、同業他社とのつながり。車が足りない日に融通してもらえるかどうかは、これで決まる
  • 荷主と日程を調整しやすい関係性。無理を聞いてもらえるかどうかも、結局は関係の厚みだ

これがあると、新しい仕事をもらえたり、いまの仕事の荷物量を増やしてもらえたりする。実際、そうやって数字を作っていた。

ただ、ここが問題だった。それは全部、社内での評価にしかならない。

同業のあの人と話が通じることも、あの荷主が無理を聞いてくれることも、会社を出た瞬間に効かなくなる。持って出られない。

それ以外に、外で通用しそうなものが思いつかなかった。

「この会社でしか通用しない」は思い込みだった辞める前に思っていたこと土地勘を覚えれば誰でもできるこのルート・この会社だから意味がある他の業界では雇ってもくれない自分の市場価値はゼロだ実際に評価されたこと限られた車と人でやりくりする力トラブル時に代替案を出す力立場の違う相手の間を調整する力年代も背景も違う人と話せる力同じ3年が、場所を変えるだけで別の意味になった

だから結論はこうなった。今のまま続けるしかない。自分には価値がない。

これは市場を見て出した結論じゃない。見ないまま出した結論だった。

転職活動は、2回に分かれている

あまり書かれていない話だと思うが、俺は物流にいる間に2回、転職活動をしている。

動き出したのは、1回では済まなかった1回目でやめている。それでも登録は無駄にならなかった1回目「今のままでも、続けてみようかな」活動を止めた。辞めていない2回目「もう無理だ」内定を得て、退職した一度やめて戻っても、エージェントは嫌な顔をしなかった

1回目は、内定を辞退して終わった。

内定が出た段階で、あらためて考えたからだ。「俺は本当にこの会社に行きたいのか?」と。

そう思ったとき、今のままでもいいのかもしれないと感じた。

仕事は任せてもらえていたし、評価されている実感もあった。ドライバーとも打ち解けて、助け合う関係ができていた。正直、ちょっとは楽しかった

だから辞退して、転職活動そのものをやめた。

職場が嫌で逃げ出したかったわけじゃない。ここは誤解されたくない。

2回目は「もう無理だ」と思ったときだ。ここで内定を取って、実際に辞めた。

1回目に登録したことは無駄にならなかった。一度止めて戻っても、エージェントは嫌な顔をしなかった。むしろ間が空いたぶん、話が具体的になっていた。

決め手は年収じゃなかった。上司の休みの日だった

先に書いておくと、年収に不満があって辞めたわけじゃない

1年目300万、2年目350万、3年目400万。社宅の自己負担は月5,000円だったので、家賃はほとんどかかっていない。

この先いくらまで行けるかとか、頭打ちがどこかとか、正直そこまで考えていなかった。給与面は、別に今のままでも特段の不満はなかった

じゃあ何が決め手だったか。上司を見ていて思ったことだ。

目の前の上司が、自分の10年後に見えた辞める決め手は年収じゃなかった。休みの日の過ごし方だった上司(小学生の息子がいる)毎日出社。休みは週1日その週1日も仕事の電話が入る社内のゴルフに出ていく日もあるこれがこの職場の「先輩の姿」自分の父親(俺が小学生の頃)土日祝が休みだった休みの日は俺と遊んでくれた仕事の電話が家で鳴った記憶がないこれが俺の知っている「働く大人」この働き方のまま家族を持って何十年も、は無理だと思った

上司は毎日会社に来ていた。休みは週1日。

その週1日も、電話で仕事の話をしている。社内のゴルフに出ていく日もある。

家族がいて、小学生の息子がいると言っていた。

それを聞いたとき、自分の子どもの頃を思い出した。

俺の父親は土日祝が休みで、小学生の俺と遊んでくれていた。

別に上司を責めたいわけじゃない。ただ、目の前にあるのが自分の10年後だとしたら、と考えてしまった。

この働き方のまま、この先家族を持って、何十年も仕事ばかりするのは無理だ。

3年目のことだった。ここで2回目の転職活動を始めている。

総合職としてこの立場をどう感じていたかは物流総合職がきつい4つの理由に書いてある。

辞めると言ったら、急に人が増えた

ここが、この3年でいちばん覚えている場面だ。

「俺がいなきゃ回らない」の答え合わせ在職中拠点の配車担当は自分だけ休めない。39℃でも出社した辞めると言った後急に人が増えた回らないのではなく、回さずに済ませていただけ会社が回らないのではなく、会社が俺に甘えていただけだった

あれだけ「代われる人がいない」と言われ、39℃で出社し、休日に呼び出されていたのに、辞めると伝えた途端に人が増えた

正直、笑ってしまった。

つまりこういうことだ。会社が回らないのではなく、会社が俺に甘えていただけだった。

「自分がいないと回らない」と思っているうちは、たいてい代わりを用意していないだけだ。いざとなれば会社は手を打つ。

これは冷たい話に聞こえるかもしれないが、逆に言えばあなたが抜けても会社は潰れないということでもある。辞められない理由が「自分がいないと困るから」なら、それは理由になっていない。

逃げた先で、配車の経験がそのまま評価された

IT業界に入って、実務でコードを書くことはなかった。やっていたのは確認と管理と、関係者との調整だ。

あるとき、営業部とシステムの利用部門とシステム部で、言っていることが食い違った。俺はシステム部の側で入っていた。

やったことは、物流時代とまったく同じだった。それぞれの立場で何が必要で、何が困るのかを聞き出して、落としどころを探す。

ドライバーと荷主と倉庫と上司の間でやっていたことが、そのまま通用した。しかも評価された。

物流のほうが感情的になる人が多かったぶん、正直こちらのほうがまとめやすいとすら思った。

会社を出たら効かなくなると思っていたのは、人脈のほうだった。それは確かに持って出られない。

でも人脈を作るためにやっていた調整そのものは、どこへ行っても要る。俺はそこを切り分けられていなかった。

スキルが無かったんじゃない。値段のつく場所を知らなかっただけだった。

「向いてない」と感じたときにどこへ動くかはSEに向いてない人の転職先にまとめてある。

ただし、年収は87万下がった

きれいな話ばかりではない。逃げた代償はちゃんとあった。

逃げた先で、いったん87万下がった300万400万500万600万300物流1年目350物流2年目400物流3年目313SE1年目320SE2年目340SE3年目350SE4年目400SE5年目600ITコンサルSE5年目にやっと400万。物流3年目と同じ額に戻っただけだったこの4年で「もう一度動かないと変わらない」と分かった

物流3年目で400万だったものが、SE1年目は313万。87万のダウンだ。

繰り返すが、年収が不満で出たわけじゃない。むしろ下げてでも働き方を変えにいった。だからこの87万は、想定内の代償だった。

未経験で入り直すというのはそういうことだと分かってはいた。分かっているのと、実際に生活が縮むのは別だった。

しかも、そこからの上がり方が遅かった。2年目320万、3年目340万、4年目350万。

5年目の面談で提示されたのが400万だった。

物流3年目と同じ額だ。4年かけて、元に戻っただけだった。

ここで「このままではいけない」とはっきり思った。1回目の転職はキャリアチェンジで、2回目はキャリアアップ。目的がまるで違う。

2回目は、130社に応募した

年収500万以上、リモートが週2回程度ある会社。この2つだけを条件にして、業界と業種は問わずに出した。

応募130社。書類が通ったのが20社。

面接で希望額を聞かれて「500万円を希望します」と答えたときの反応は、いまでも覚えている。

「そんなに偉くなりたいの?」

別の会社では「選考通過の条件は年収400万円以下であること」と言われた。

正直、凹んだ。「いまの350万くらいが適正なのかもしれない」と思いかけた。

それでも希望額は下げなかった。結果、内定は2社。オファーは600万だった。

物流を出るときに87万下げた分は、ここで完全に取り返している。

使ったエージェントと、使わなかったサービスの内訳は物流からの転職でエージェントはどれを使うかに全部書いた。1回目も2回目も、本体はリクルートエージェントだった。

市場価値を確かめることから逃げないために

この記事で言いたいことは1つだけだ。

「この会社でしか通用しない」は、たいてい確かめる前に出した結論だ。

俺は3年かけてその思い込みを育てて、辞めてから1年もしないうちに壊された。もっと早く確かめればよかった。

確かめるのに使ったもの
いまの会社の評価が、世の中の評価とどれくらいズレているか
俺は診断して、いまの年収が100万以上低いと知った。ただ正直に言うと、ミイダスの提示額はやや高めに出る印象がある。金額をそのまま信じるものではない。それでも、大きく乖離しているなら「今の会社の評価が全てではない」と分かる。俺に効いたのはそこだった。

動く気がないうちにやっておく方がいい。俺は「自分には価値がない」と思い込んでいた3年間、確かめること自体をしなかった。
紹介先ミイダス
1回目の転職で無料診断を受けた。自分の市場価値を数字で見るのに使った
今の年収と、自分の相場を比べる
無料/※診断で出た金額がそのまま提示される保証はありません。比べる基準が1つできれば十分です
※ 診断額がそのまま提示される保証はありません。現在地を知るための目安として使ってください。

そのうえで、実際に人と話すと解像度が上がる。俺の1回目は「続けてみようかな」で終わったが、それでも登録した事実が2回目の入口になった。

1回目も2回目も、ここだった
一度やめて戻っても、嫌な顔はされなかった
物流から抜けるときも、そこから年収を上げるときも、本体はここだった。途中で活動を止めた時期があったが、戻ったときに何か言われることはなかった。決めきれていない段階で相談しても問題ない、というのは実際にやってみて分かったことだ。

辞めると決めてからでなくていい。決める材料が無いから決められない、という順番だったと思う。
紹介先リクルートエージェント
1回目(未経験)も2回目も、俺が相談の本体として使ったのはここ。途中で活動を3ヶ月止めたあとも、同じ担当者に連絡するだけで再開できた
辞めずに、選択肢だけ出しておく
無料/今すぐ辞めるつもりがなくても使えます

物流から実際にどこへ移れるのかは物流からの転職先おすすめ7職種に、業界そのものをどう見ているかは物流業界はやめとけ?に書いてある。

いちばん軽くできることを書いておく。

リクナビNEXTに登録して、求人を眺めるだけだ。

人と話さなくていいし、応募しなければ何も起きない。俺が「自分には価値がない」と思い込んでいた3年間、この5分すらやっていなかった。

動くかどうかの前に、確かめる順番がある

順番は4つある。

① 社内で確認する

まず、自分がやっている仕事を社外の言葉に置き換える。

  • いまの仕事が、求人票では何という職種名で書かれているか
  • 評価されている中身が、社内でしか通じないものかどうか
  • 数字にできる実績があるか(件数・金額・削減時間)
  • その実績を、他社の求人票が求めているか

全部、いまいる場所で確かめられることだ。ここが分かっていないと、外を見ても比べようがない。

② 求人を見てみる

次に、外がどうなっているかを軽く見る。

リクナビNEXTあたりで十分だ。人と話さずに並べるだけでいいし、応募しなければ何も起きない。

ここは軽くでいい。社内で比べても答えが出ないことだけ分かればいい。

③ 自分の市場価値を確認する

求人票に出ているのは募集の幅だ。その幅の中で自分がどこに入るのかは、また別の話になる。

俺が数字で見たのはミイダスの無料診断だった。⚠️ 出た金額がそのまま提示されるわけではないが、大きく離れているなら判断の材料にはなる。

人に会うのはまだ気が重い、という人はここまででいい。①〜③だけでも、いまの位置はだいぶ見える。

④ 転職エージェントに相談する

①〜③は全部、自分で見る作業だ。それでも最後に1つ残る。

いまのスキルで、実際にいくらの求人に出せるのか。

診断で出るのは平均に寄った数字だ。リクルートエージェントのように経歴を見た人が「この経験ならこの求人に出せる」と言う数字の方が、当てになる。

正直に言うと、いちばん効くのはここだと思っている。聞くだけ聞いて、動かなくてもいい。

この4つが揃うと、いまいる場所が地図の上のどこなのかが分かる。

分かってから、動くかどうかを決めればいい。

俺は市場価値を人脈だと思い込んでいて、社外で通じるものが何も無いと決めつけていた。

まとめ

配車を3年やって、逃げた。当時は本当にそう思っていた。

自分に積み上がるのは人脈だけで、それは会社の外に持って出られない。だから自分には価値がないと思い込んでいた。

辞める決め手は年収じゃなかった。上司の週1日の休みと、土日に遊んでくれた父親の記憶だ。この働き方のまま家族を持つのは無理だと思った。

そして辞めると言ったら、急に人が増えた。

この会社でしか通用しないと思っていた調整力は、転職先でそのまま評価された。立場の違う相手の間に立つ仕事は、業界が変わっても同じだった。

年収は一度87万下がって、戻すのに4年かかった。それでも最後は600万に届いた。

逃げたこと自体は、間違っていなかった。間違っていたのは、確かめる前に「どうせ無理だ」と決めていたことだ。

確かめるだけなら、今日できる。

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